カンヌ広告祭のご報告
2011年7月16日

ども、丸山です。
当日の様子はこちら
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写真はこちら
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ニュースに載った感じはこちら
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会社にお願いしてカンヌに行かせて下さいとお願いしていたものの
まさかその場で受賞が決まるとは夢にも思っておらず、
受賞の連絡を聞いた瞬間に、鳥肌+フリーズ、そして軽いパニック状態。
どうしたら良いのかな、というのが正直な感想。
だって、小学校入ってから、
というか、生まれてこのかた賞状というものをもらったことが無いんです。
1位しかもらえない時には2位
3位までもらえるときは4位みたいな感じで、
壇上に上るという経験が無いままに生きて来たんです。
ちなみにカンヌ国際広告祭って言うのは
映画で言うカンヌ映画祭みたいなもので、
スポーツで言ったら毎年やってるオリンピックみたいなもの。
世界で一番、権威ある広告際です。
学生時代から飲んではカンヌカンヌ言っていたことは
学生時代の僕を知っていればわかるはず。
むかし書いた夢には、
30歳でカンヌのフィルム部門で受賞台に上る、って書いてありました。
今回上ったのはメディア部門、
新聞+テクノロジーで始めたIWATTEという企画で穫ることができました。
フィルムじゃないけど、あの舞台に上れたこと
今でも不思議でなりません。
写真とかを見て、やっぱり現実だったんだなーと思う感じです。
これ、準備している時に地震が起きて
応募自体取りやめになるかもしれなかった。
でも、カンヌ広告祭が行われる6月だったらきっと岩手も復活し始めているはず、
だからその時に世界から日本にいいニュースを届けたい、
募金くらいしかできない僕だけど、
仕事で何とかお世話になった第二の故郷にエールを送りたかった、これはホントです。
んで、地震の後にスタッフにもっかい気合いを入れたのでした。
ちなみに、今回の映像を一緒につくったが
大学の同級生の岩渕。
初めて世界の舞台に挑戦するなら、
信頼できるやつとやった方が良いかなと声をかけたものの、
いろんな事がありました、もうホントに。
友達と仕事するもんじゃないのかなと思ったりもしたけど、
お互い大人ぶっていたところをならして、もっかい向き合ってみると
やっぱり良い仕事になっていくんです。
スゴくなってんだなー、ホントに。
マジで岩渕がいなかったら穫れなかったと思います。
サンキュー名監督!
授賞式はとっても大きなホールでやるんです、
そこで自分の名前が呼ばれる、
日本の受賞者は日本語で読んでくれる粋な司会者でした。
目の前の壇上への階段を上る、
一歩あがるごとにいろんなことを思い出した。
今回の制作のことだけじゃなくて、
大学時代のことやIBCで働いていたときのこと、
岩手で過ごしたいろんな日々、
そして今の会社に来てからの多くのこと、
金色のライオンのトロフィーは持ってみると本当に重くて、
正直鉄アレイより重いと思う。
でもこの重さが良いなと思って。
世界一の舞台でもらうトロフィーだもん、軽かったらやだよ。
その辺りもちゃんと考えられてんのかな、何て想像したり。
壇上で振り返ると日本から一緒に来たメンバーが手を降ってくれている。
みんな笑顔だ、
学生じゃない、いいオッサンらがみんな笑顔だ。
こんな光景なかなか観れるもんじゃない、嬉しいよ。
日本からもたくさん電話ももらって、
電話越しで乾杯しているような話を聞くと、なんか本当に泣けてくる。
自分の仕事が手の届く範囲だけかもしれないけど
+に働いていることを実感できるのは幸せなことだ。
これは、きっと病みつきになる。
壇から下りる時に思った。
壇から降りてから思うのは、本当にみんなへの感謝。
これはお世辞ではなく本当に。
この仕事に関われたこと、最後まで諦めずに動いてくれたメンバー、協力してくれたみなさん。
そして岩手のみんな全員、
なんか今まで自分に関わってくれた人、みんなにサンキューベイベー!と言いたくなるのです。
みんな、
サンキューベイベー!
帰って来てからも恩恵を結構受けました。
みんなからお祝いのコトバを頂けて、ホントにエネルギーを頂けました。
そして壇上で思ったことがもう一つ、
これからが始まりなんだなってこと。
あそこにたって、帰って来て、次に何をするか
みんなの、そして自分の地震への期待に答えれるように頑張らないといけないんだな、と
思ったのでした。
だからこれからも頑張ります!
当たり前だけどさ。
もっともっと頑張って、
2匹目のライオンももって帰って来れるようにするさ
というわけで、みなさん、
これからもよろしくお願いします!
シャッ!
