35年後のスピーチ、自分用

2008年3月26日

今日は親父殿の離任式。
リズムで買ったスーツと靴、そんな最強装備に身を包み、バッチリ出席してました。

親父殿の最後のスピーチ。
忘れたくないので、書いておきます。

これは全く自分用、人に見せるようではありません。
だけどこんな先生が仙台にはいたのでした。


色白で、背が高く、ちょっと気さくな先生が
35年目の最後の日、体育館の真ん中の、立派なテーブルの前で話した
短い短いスピーチの記録。


忘れないように書いておきます。

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おはようございます。
私は昭和61年、そう君たちが生まれる前に教員になりました。

そして今から22年前、この仙台工業高校に赴任してきました。


その時は、この体育館も隣の実習棟も校舎もありませんでした。
私の教員生活で一番思い出深いのは、今私たちがいる新校舎の建設に電気科一同一丸となって取り組んだことです。

その時、新しく実習棟を作ることになった時、
私たちは


「日本一の実習棟を作ろう」


そう言って日々図面を引きいていました。
そして出来たあの実習棟は非常に高い評価を受け、今でも私は日本一の校舎だと思っています。

生徒の皆さん、安心して下さい
そして誇りを持って下さい。

あなた達が学んでいる校舎はすばらしい校舎です。

二年生の皆さん、といっても私が教えたのは1組と2組だけですが
私は最後の一年、あなた達の電気基礎の授業を持つことが出来てとても楽しかったです。

そして、私はこの一年一生懸命私の持っている電気の知識を伝えてきました。
あなた達に授業をするたびに、これが最後なんだ、これで終わりなんだと感じながら一時間一時間誠心誠意授業をしてきました。

あなた達に電気の基礎を教えていることがとても楽しく、幸せでした。

また、私は今年度は囲碁クラブの顧問を務めていたのですが
なんと囲碁クラブは総勢90名以上の部員がいます。

ですが実際来ていたのは20名程度です。
しかし彼らは非常に真面目に活動に取り組んでいて私自身とても楽しんで過ごすことが出来ました、ありがとう。

来年度は是非部への昇格を考えても良いと思います。


そして最後に教職員の皆様、
長い間ありがとうございました。

私がこの学校に勤務して22年、いろいろとお世話になる場面で私を支えてくれた皆さんに感謝しています。

ありががとう。


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うーん、朝一に聞いたことを頑張って思い出しながら書き留めてみたけど・・・
細かいところを覚えていない・・・


くそう。


でも、振り返った時に

「日本一を目指した」とか
「授業を誠心誠意、自分のすべてを伝える為に行った」とかが出てきたとき

ちょっと目頭が熱くなったかな

先生は部活の顧問の前に先生だ。
授業を教えてるんだ。


うちの親父殿は、幸か不幸か一生教壇に立つ人生だった。


でもその中でも、
誠心誠意、自分の知識のすべてを伝えるため、ということを忘れないまま教壇に立っていた親父殿を
俺は尊敬することにするのです。

自分達が20年前に作った「日本一の校舎」
その体育館の中で、「最後の年まで誠実に教壇に立った男」がいなくなる


きっと今日は宴会だろう。


なにせ勤続20年超えの長老がいなくなるんだ。


先人は敬わなきゃイカン
先人となる人はいい背中を見せんとイカン。


親父殿、グッジョブだったぜ

親父殿

2008年3月25日

今日、実は仙台に帰ってきてるんだ
明日で親父殿が退職になる。

教師生活35年、子供四人を全員大学に送り出し、
さらにそのうち二人は大学院まで送り出したツワモノ。


それが俺の親父殿。
名をシゲノリという。

俺は基本的に家族大好き人間だから、親父殿に感謝もしつつ
明日開催される「離任式」に出席するために有休を使ったのでした(すんません)

久々の実家、いつもどおり玄関まで出てくるオカン
コタツ出迎える親父殿。


つい3日前は盛岡に舞台を見に来たから
ぜんぜん久しぶりじゃない。


そしてマイ姉も一緒。

家族6人のうち、4人が集った。
親父殿の最後の出勤日の前夜なのでした。

ふと脇を見ると、新聞が落ちている。
もしかして・・・、と思ってみてみると、今日はそう、この日なんだ。


先生の移動って新聞に載るんです。
退職も、転任も全部載る。
新聞見開きじゃ足りないくらい載る。


でもコレは我が家にとっては実はあまりいいアイテムじゃなかった。

40代にちょっと病気をした親父殿。
同年代では珍しく大学院まで出ているインテリさんなのに
入院しているうちに出世コースから外れてしまったようで。


三月に自分の名前が載ってない新聞を見るたびに、ちょっと憂鬱な空気が流れていたんだ
そう、特にここ10年くらいは。

息子の目から見なくてもきっとデキル男の親父殿。
あんたを出世させなかった教育委員会、ちょっと見る目がなかったね


だから今まではあんまりちゃんと見てなかった新聞、
今日はそこに親父殿の名前が載っている。

ちゃんと蛍光ペンで線も引いてありました。

しかも後で聞いたらこの新聞
いつも取ってるやつじゃないそうで、朝起きて一番に買ってきたんだって。


どんな気持ちだったのかなぁ、親父殿。

そして、さらにページをめくるとそこには姉の名前も。
家庭科の先生デビューして三年の姉様。


来月からは新しい学校に転任。


親父殿は退職
姉様は転任

きっとこの新聞、永久保存版になるのかなぁ
そんなことを思ってパチリと収めたわけで。

明日は離任式
なんか自分の親が教師じゃなくなる、っていうのはなんか不思議な気分です。
毎日学校に行ってて、行ってた親父殿。


とてつもない数の生徒を送り出してきた。


色んな生徒がいたんだよ、そういってた
色んな部活の顧問もしてた。


水泳部の顧問してるとき、確か妹と一緒に連れてかれて高校生に混じって泳いだ。
そんなこともあった。

うちのオカンが、「むかし、多分17年位前に野球部に桜井君て言うエースがいてね」なんていうと、


「太田だ」


とすぐさま訂正したり。
ちゃんと覚えてんだぁ、ちゃんと生徒のこと覚えてんだ


年とってからはめっきり囲碁部に収まったみたいだけど
最近は角が取れてきて、人気もそれなりにあったみたい。

そんな親父殿の最後の授業
それが先日あったらしい。


そのときの写真を後輩の先生が撮ってくれたみたいで、引き伸ばした物を親父殿が持ってきた。

30人くらいの生徒、しかも男ばっか、に囲まれて真ん中でスマイルの親父殿。

いいね、いい顔してるぜ!
こういう笑顔をできる60歳になれるのって先生の特権なのかもしれない。

一緒に成長して、育てて、笑って。

そういうのが積み重なってきた先生の顔、そんな顔だったかな


明日は俺も出席します。
しっかり見届けてきてやるさ、


サンキューマイ親父殿、愛してるぜ

笑って会おうぜ

2008年3月17日

笑って会いたい人がいる。
誰かって?

今これを読んでるお前だよ!
俺が出会って来たみんな、俺の大好きな奴らさ


ん?
最近笑ってないって?


だったら笑いに来てくれよ
今週ゼミナールの舞台がやって来るよ〜


今回はなんと!
僕も脚本を書いています!!
ちょっと前に書いてた、「久しぶりの人生初のこと」それが脚本の執筆なのでした。

今まで映画の脚本(のようなもの)は、自主制作映画の数分は書いて来たけど、
今回は舞台です!

これは自分にとってもいい経験でしたわ
しかもコントだし。


いやー、楽しんでもらえるのかカナーリ不安・・・
でも、やってるこっちは相当楽しいから、その姿だけでも楽しんでもらえればと思っとります!

みんな、是非見に来てね!


ゼミナールコント マニアックシリーズ
『裏 THE BEST OF BEST』 作・演出 斎藤英樹


場所:アートサポートセンター風のスタジオ
日時:
3月20日(木) ①14:00〜 ②19:30〜
  21日(金) ③19:30〜
  22日(土) ④14:00〜 ⑤19:30〜
  23日(日) ⑥14:00〜 ⑦18:00〜  
(※ 開場は開演の30分前)

一般前売    1200円 当日1500円
高校生以下前売 800円 当日1000円

連絡くれれば前売り確保します!

会場で、待ってるよ☆